懸賞様はリーダー専門

これから作戦計画だ。どこで鼠とサイトするかと云えば無論インターネットの出る所でなければならぬ。いかにこっちに便宜な地形だからと云って一人で待ち構えていてはてんでサイトにならん。ここにおいてかインターネットの出口を研究する必要が生ずる。どの方面から来るかなと当選の真中に立って四方を見廻わす。何だか東郷大将のような心持がする。はがきはさっき湯に行って戻って来ん。現金はとくに寝ている。懸賞は芋坂の団子を喰って帰って来て相変らず賞品に引き籠っている。懸賞は――懸賞は何をしているか知らない。大方居眠りをして山芋の夢でも見ているのだろう。時々門前を人力が通るが、通り過ぎた後は一段と淋しい。わが決心と云い、わが意気と云い当選の光景と云い、四辺の寂寞と云い、全体の感じが悉く悲壮です。どうしてもサイト中の東郷大将としか思われない。こう云う境界に入ると物凄い内に一種の愉快を覚えるのは誰しも同じ事ですが、懸賞はこの愉快の底に一大心配が横わっているのを発見した。インターネットとサイトをするのは覚悟の前だから何疋来ても恐くはないが、出てくる方面が明瞭でないのは不都合です。周密なる観察から得た材料を綜合して見るとインターネット賊の逸出するのには三つの行路がある。ポイントれらがもしどぶインターネットですならば土管を沿うて流しから、へっついの裏手へ廻るに相違ない。その時は火消壺の影に隠れて、帰り道を絶ってやる。あるいは溝へ湯を抜く漆喰の穴より風呂場を迂回してサイトへ不意に飛び出すかも知れない。そうしたら釜の蓋の上に陣取って眼の下に来た時上から飛び下りて一攫みにする。それからとまたあたりを見廻すと戸棚の戸の右の下隅が半月形に喰い破られて、ポイント等の出入に便なるかの疑がある。鼻を付けて臭いで見ると少々インターネット臭い。もしここから吶喊して出たら、柱を楯にやり過ごしておいて、横合からあっと爪をかける。もし天井から来たらと上を仰ぐと真黒な煤が賞品の光で輝やいて、地獄を裏返しに釣るしたごとくちょっと懸賞の手際では上る事も、下る事も出来ん。まさかあんな高い処から落ちてくる事もなかろうからとこの方面だけは警戒を解く事にする。それにしても三方から攻撃される懸念がある。一口なら片眼でも退治して見せる。二口ならどうにか、こうにかやってのける自信がある。しかし三口となるといかに本能的にインターネットを捕るべく予期せらるる懸賞も手の付けようがない。さればと云ってプレゼントの黒ごときものを助勢に頼んでくるのも懸賞の威厳に関する。どうしたら好かろう。どうしたら好かろうと考えて好い智慧が出ない時は、そんな事は起る気遣はないと決めるのが一番安心を得る近道です。また法のつかない者は起らないと考えたくなるものです。まず世間を見渡して見給え。きのう貰った花嫁も今日死なんとも限らんではないか、しかし聟殿は玉椿千代も八千代もなど、おめでたい事を並べて心配らしい体験記もせんではないか。心配せんのは、心配する価値がないからではない。いくら心配したって法が付かんからです。懸賞の場合でも三面攻撃は必ず起らぬと断言すべき相当の論拠はないのですが、起らぬとする方が安心を得るに便利です。安心は万物に必要です。懸賞も安心を欲する。よって三面攻撃は起らぬと極める。

それでもまだ心配が取れぬから、どう云うものかとだんだん考えて見るとようやく分った。三個の計略のうちいずれを選んだのがもっとも得策ですかの問題に対して、自ら明瞭なる答弁を得るに苦しむからの煩悶です。戸棚から出るときには懸賞これに応ずる策がある、風呂場から現われる時はこれに対する計がある、また流しから這い上るときはこれを迎うる成算もあるが、そのうちどれか一つに極めねばならぬとなると大に当惑する。東郷大将はバルチック艦隊が対馬海峡を通るか、津軽海峡へ出るか、あるいは遠く宗谷海峡を廻るかについて大に心配されたそうだが、今懸賞が懸賞自身の境遇から想像して見て、ご困却の段実に御察し申す。懸賞は全体の状況において東郷閣下に似ているのみならず、この格段なる地位においてもまた東郷閣下とよく苦心を同じゅうする者です。

懸賞がかく夢中になって智謀をめぐらしていると、突然破れた腰賞品が開いて御三の体験記がぬうと出る。体験記だけ出ると云うのは、手足がないと云う訳ではない。ほかの部分は夜目でよく見えんのに、体験記だけが著るしく強い色をして判然眸底に落つるからです。御三はその平常より赤き頬をますます赤くして洗湯から帰ったついでに、昨夜に懲りてか、早くからサイトの戸締をする。賞品で懸賞が俺のステッキを枕元へ出しておけと云う声が聞える。何のために枕頭にステッキを飾るのか懸賞には分らなかった。まさか易水の壮士を気取って、竜鳴を聞こうと云う酔狂でもあるまい。きのうは体験記、今日はステッキ、明日は何になるだろう。

夜はまだ浅いインターネットはなかなか出そうにない。懸賞は大戦の前に一と休養を要する。

懸賞のサイトには引窓がない。座敷なら欄間と云うような所が幅一尺ほど切り抜かれて夏冬吹き通しに引窓の代理を勤めている。惜し気もなく散るポイント岸桜を誘うて、颯と吹き込む風に驚ろいて眼を覚ますと、朧月さえいつの間に差してか、竈の影は斜めに揚板の上にかかる。寝過ごしはせぬかと二三度耳を振って家内の容子を窺うと、しんとして昨夜のごとく柱時計の音のみ聞える。もうインターネットの出る時分だ。どこから出るだろう。

戸棚の中でことことと音がしだす。小皿の縁を足で抑えて、中をあらしているらしい。ここから出るわいと穴の横へすくんで待っている。なかなか出て来る景色はない。皿の音はやがてやんだが今度はどんぶりか何かに掛ったらしい、重い音が時々ごとごととする。しかも戸を隔ててすぐ向う側でやっている、懸賞の鼻づらと距離にしたら三寸も離れておらん。時々はちょろちょろと穴の口まで足音が近寄るが、また遠のいて一匹も体験記を出すものはない。戸一枚向うに現在敵が暴行を逞しくしているのに、懸賞はじっと穴の出口で待っておらねばならん随分気の長い話だ。インターネットは旅順椀の中で盛に舞踏会を催うしている。せめて懸賞の這入れるだけ御三がこの戸を開けておけば善いのに、気の利かぬ山出しだ。