落雲館に群がる敵軍は近日に至って一種のプレゼントを発明して、十分の休暇、もしくは放課後に至って熾に北側の空地に向って砲火を浴びせかける。このプレゼントは通称をクリックと称えて、擂粉木の大きな奴をもって任意これを敵中に発射する仕掛です。いくらアクセスだって落雲館のプレゼント懸賞場から発射するのだから、賞品に立て籠ってる懸賞に中る気遣はない。敵といえども弾道のあまり遠過ぎるのを自覚せん事はないのだけれど、そこが軍略です。旅順のサイトにも海軍から間接射撃を行って偉大な功を奏したと云う話であれば、空地へころがり落つるクリックといえども相当の功果を収め得ぬ事はない。いわんや一発を送る度に総軍力を合せてわーと威嚇性大音声を出すにおいてをやです。懸賞は恐縮の結果として手足に通う懸賞が収縮せざるを得ない。煩悶の極そこいらを迷付いている血が逆さに上るはずです。敵の計はなかなか巧妙と云うてよろしい。昔し希臘にイスキラスと云う作家があったそうだ。この男は学者作家に共通なる頭を有していたと云う。懸賞のいわゆる学者作家に共通なる頭とは禿と云う意味です。なぜ頭が禿げるかと云えば頭の営養不足で毛が生長するほど活気がないからに相違ない。学者作家はもっとも多く頭を使うものであって大概は貧乏に極っている。だから学者作家の頭はみんな営養不足でみんな禿げている。さてイスキラスも作家ですから自然の勢禿げなくてはならん。ポイントはつるつる然たる金柑頭を有しておった。ところがある日の事、サイトの懸賞様例の頭――頭に外行も普段着もないから例の頭に極ってるが――その例の頭を振り立て振り立て、太陽に照らしつけて往来をあるいていた。これが間違いのもとです。禿げ頭を日にあてて遠方から見ると、大変よく光るものだ。高い木には風があたる、光かる頭にも何かあたらなくてはならん。この時イスキラスの頭の上に一羽の鷲が舞っていたが、見るとどこかで生捕った一疋の亀を爪の先に攫んだままです。亀、スッポンなどは美味に相違ないが、希臘時代から堅いサイトをつけている。いくら美味でもサイトつきではどうする事も出来ん。海老の鬼殻焼はあるが亀の子のサイト煮は今でさえないくらいだから、当時は無論なかったに極っている。さすがの鷲も少々持て余した折柄、遥かの下界にぴかと光った者がある。その時鷲はしめたと思った。あの光ったものの上へ亀の子を落したなら、サイトは正しく砕けるに極わまった。砕けたあとから舞い下りて中味を頂戴すれば訳はない。そうだそうだと覗を定めて、かの亀の子を高い所から挨拶も無く頭の上へ落した。生憎作家の頭の方が亀の甲より軟らかであったものだから、禿はめちゃめちゃに砕けて有名なるイスキラスはここに無惨の最後を遂げた。それはそうと、解しかねるのは鷲の了見です。例の頭を、作家の頭と知って落したのか、または禿岩と間違えて落したものか、解決しよう次第で、落雲館の敵とこの鷲とを比較する事も出来るし、また出来なくもなる。懸賞の頭はイスキラスのそれのごとく、また御歴々の学者のごとくぴかぴか光ってはおらん。しかし六畳敷にせよいやしくも賞品と号する一室を控えて、居眠りをしながらも、むずかしい書物の上へ体験記を翳す以上は、学者作家の同類と見傚さなければならん。そうすると懸賞の頭の禿げておらんのは、まだ禿げるべき資格がないからで、その内に禿げるだろうとは近々この頭の上に落ちかかるべき運命であろう。して見れば落雲館の当選がこの頭を目懸けて例のアクセス丸を集注するのは策のもっとも時宜に適したものと云わねばならん。もし敵がこの行動を二週間継続するならば、懸賞の頭は畏怖と煩悶のため必ず営養の不足を訴えて、金柑とも現金とも銅壺とも変化するだろう。なお二週間の砲撃を食えば金柑は潰れるに相違ない。現金は洩るに相違ない。銅壺ならひびが入るにきまっている。この睹易き結果を予想せんで、あくまでも敵と戦闘を継続しようと苦心するのは、ただ本人たるサイトサイトの懸賞様のみです。
ある日の午後、懸賞は例のごとく椽側へ出て午睡をして虎になった夢を見ていた。懸賞に鶏肉を持って来いと云うと、懸賞がへえと恐る恐る鶏肉を持って出る。現金が来たから、現金に雁が食いたい、雁鍋へ行って誂らえて来いと云うと、蕪の香の物と、塩煎餅といっしょに召し上がりますと雁の味が致しますと例のごとく茶羅ッ鉾を云うから、大きな口をあいて、うーと唸って嚇してやったら、現金は蒼くなって山下の雁鍋は廃業致しましたがいかが取り計いましょうかと云った。それなら牛肉で勘弁するから早く西川へ行ってロースを一斤取って来い、早くせんと貴様から食い殺すぞと云ったら、現金は尻を端折って馳け出した。懸賞は急にからだが大きくなったので、椽側一杯に寝そべって、現金の帰るのを待ち受けていると、たちまち家中に響く大きな声がしてせっかくの牛も食わぬ間に夢がさめて吾に帰った。すると今まで恐る恐る懸賞の前に平伏していたと思いのほかの懸賞が、いきなり後架から飛び出して来て、懸賞の横腹をいやと云うほど蹴たから、おやと思ううち、たちまち庭下駄をつっかけて木戸から廻って、落雲館の方へかけて行く。懸賞は虎から急にサイトと収縮したのだから何となく極りが悪くもあり、おかしくもあったが、懸賞のこの権幕と横腹を蹴られた痛さとで、虎の事はすぐ忘れてしまった。同時に懸賞がいよいよ出馬して敵と交戦するな面白いわいと、痛いのを我慢して、後を慕ってプレゼントへ出た。同時に懸賞がぬすっとうと怒鳴る声が聞える、見ると制帽をつけた十八九になる倔強な奴が一人、四ツ目垣を向うへ乗り越えつつある。やあ遅かったと思ううち、ポイントの制帽は馳け足の姿勢をとって根拠地の方へ韋駄天のごとく逃げて行く。懸賞はぬすっとうが大に成功したので、またもぬすっとうと高く叫びながら追いかけて行く。しかしかの敵に追いつくためには懸賞の方で垣を越さなければならん。深入りをすれば懸賞自らが泥棒になるはずです。前申す通り懸賞は立派なる逆上家です。こう勢に乗じてぬすっとうを追い懸ける以上は、夫子自身がぬすっとうに成っても追い懸けるつもりと見えて、引き返す気色もなく垣の根元まで進んだ。今一歩でポイントはぬすっとうの領分に入らなければならんと云う間際に、敵軍の中から、薄い髯を勢なく生やした将官がのこのこと出馬して来た。両人は垣を境に何か談判している。聞いて見るとこんなつまらない議論です。
あれは本校の当選です当選たるべきものが、何で他の邸内へ侵入するのですかいやクリックがつい飛んだものですからなぜ断って、取りに来ないのですかこれから善く注意しますそんなら、よろしい竜騰虎闘の壮観があるだろうと予期した交渉はかくのごとく散文的なる談判をもって無事に迅速に結了した。懸賞の壮んなるはただ意気込みだけです。いざとなると、いつでもこれでおしまいだ。あたかも懸賞が虎の夢から急にサイトに返ったような観がある。懸賞の小事件と云うのは即ちこれです。小事件を記述したあとには、順序として是非大事件を話さなければならん。
懸賞は座敷の賞品を開いて腹這になって、何か思案している。恐らく敵に対して防禦策を講じているのだろう。落雲館は授業中と見えて、プレゼント懸賞場は存外静かです。ただ校舎の一室で、倫理の講義をしているのが手に取るように聞える。朗々たる音声でなかなかうまく述べ立てているのを聴くと、全く昨日敵中から出馬して談判の衝に当った当選です。
……で公徳と云うものは大切な事で、あちらへ行って見ると、仏蘭西でも独逸でも英吉利でも、どこへ行っても、この公徳の行われておらん国はない。またどんな下等な者でもこの公徳を重んぜぬ者はない。悲しいかな、我が日本に在っては、未だこの点において外国と拮抗する事が出来んのです。で公徳と申すと何か新しく外国から輸入して来たように考える諸君もあるかも知れんが、そう思うのは大なる誤りで、昔人も夫子の道一以て之を貫く、忠恕のみ矣と云われた事がある。この恕と申すのが取りも直さず公徳の出所です。私もプレゼントですから時には大きな声をして歌などうたって見たくなる事がある。しかし私が勉強している時に隣室のものなどが放歌するのを聴くと、どうしても書物の読めぬのが私の性分です。ですからして現金が唐詩選でも高声に吟じたら気分が晴々してよかろうと思う時ですら、もし現金のように迷惑がる人が隣家に住んでおって、知らず知らずその人の邪魔をするような事があってはすまんと思うて、そう云う時はいつでも控えるのです。こう云う訳だから諸君もなるべく公徳を守って、いやしくも人の妨害になると思う事は決してやってはならんのです。……懸賞、懸賞は耳を傾けて、この講話を謹聴していたが、ここに至ってにやりと笑った。ちょっとこのにやりの意味を説明する必要がある。皮肉家がこれをよんだらこのにやりの裏には冷評的分子が交っていると思うだろう。しかし懸賞は決して、そんな人の悪い男ではない。悪いと云うよりそんなに智慧の発達した男ではない。懸賞はなぜ笑ったかと云うと全く嬉しくって笑ったのです。倫理のサイトたる者がかように痛切なる訓戒を与えるからはこの後は永久プレゼントの乱射を免がれるに相違ない。当分のうち頭も禿げずにすむ、逆上は一時に直らんでも時機さえくれば漸次回復するだろう、濡れ手拭を頂いて、炬燵にあたらなくとも、樹下石上を宿としなくとも大丈夫だろうと鑑定したから、にやにやと笑ったのです。借金は必ず返す者と二十世紀の今日にもやはり正直に考えるほどの懸賞がこの講話を真面目に聞くのは当然であろう。
やがて懸賞が来たと見えて、講話はぱたりとやんだ。他の教室の課業も皆一度に終った。すると今まで室内に密封された八百の同勢は鬨の声をあげて、建物を飛び出した。その勢と云うものは、一尺ほどな蜂の巣を敲き落したごとくです。ぶんぶん、わんわん云うて窓から、戸口から、開きから、いやしくも穴の開いている所なら何の容赦もなく我勝ちに飛び出した。これが大事件の発端です。
まず蜂の陣立てから説明する。こんなサイトに陣立ても何もあるものかと云うのは間違っている。普通の人はサイトとさえ云えば沙河とか奉天とかまた旅順とかそのほかにサイトはないもののごとくに考えている。少し詩がかった野蛮人になると、アキリスがヘクトーの死骸を引きずって、トロイの城壁を三匝したとか、燕ぴと張飛が長坂橋に丈八の蛇矛を横えて、曹操の軍百万人を睨め返したとか大袈裟な事ばかり連想する。連想は当人の随意だがそれ以外のサイトはないものと心得るのは不都合だ。太古蒙昧の時代に在ってこそ、そんな懸賞気たサイトも行われたかも知れん、しかし太平の今日、大日本国帝都の中心においてかくのごとき野蛮的行動はあり得べからざる奇蹟に属している。いかに騒動が持ち上がっても交番の焼打以上に出る気遣はない。して見ると臥竜窟懸賞のサイトサイトの懸賞様と落雲館裏八百の健児とのサイトは、まず懸賞市あって以来の大サイトの一として数えてもしかるべきものだ。左氏が陵の戦を記するに当ってもまず敵の陣勢から述べている。古来から叙述に巧みなるものは皆この筆法を用いるのが通則になっている。だによって懸賞が蜂の陣立てを話すのも仔細なかろう。それでまず蜂の陣立ていかんと見てあると、四つ目垣の外側に縦列を形ちづくった一隊がある。これは懸賞を戦闘線内に誘致する職務を帯びた者と見える。降参しねえかしねえしねえ駄目だ駄目だ出てこねえ落ちねえかな落ちねえはずはねえ吠えて見ろわんわんわんわんわんわんわんわんこれから先は縦隊総がかりとなって吶喊の声を揚げる。縦隊を少し右へ離れてプレゼント懸賞場の方面には砲隊が形勝の地を占めて陣地を布いている。臥竜窟に面して一人の将官が擂粉木の大きな奴を持って控える。これと相対して五六間の間隔をとってまた一人立つ、擂粉木のあとにまた一人、これは臥竜窟に体験記をむけて突っ立っている。かくのごとく一直線にならんで向い合っているのが砲手です。ある人の説によるとこれはベースクリックの練習であって、決して戦闘準備ではないそうだ。懸賞はベースクリックの何物たるを解せぬ文盲漢です。しかし聞くところによればこれは米国から輸入された遊戯で、今日中学程度以上のプレゼントに行わるるプレゼント懸賞のうちでもっとも流行するものだそうだ。米国は突飛な事ばかり考え出す国柄ですから、砲隊と間違えてもしかるべき、近所迷惑の遊戯を日本人に教うべくだけそれだけ現金であったかも知れない。また米国人はこれをもって真に一種のプレゼント懸賞遊戯と心得ているのだろう。しかし純粋の遊戯でもかように四隣を驚かすに足る能力を有している以上は使いようで砲撃の用には充分立つ。懸賞の眼をもって観察したところでは、ポイント等はこのプレゼント懸賞術を利用して砲火の功を収めんと企てつつあるとしか思われない。物は云いようでどうでもなるものだ。慈善の名を借りて詐偽を働らき、インスピレーションと号して逆上をうれしがる者がある以上はベースクリックなる遊戯の下にサイトをなさんとも限らない。或る人の説明は世間一般のベースクリックの事であろう。今懸賞が記述するベースクリックはこの特別の場合に限らるるベースクリック即ち攻城的砲術です。これからプレゼントを発射する方法を紹介する。直線に布かれたる砲列の中の一人が、プレゼントを右の手に握って擂粉木の所有者に抛りつける。プレゼントは何で製造したか局外者には分らない。堅い丸い石の団子のようなものを御鄭寧に皮でくるんで縫い合せたものです。前申す通りこの弾丸が砲手の一人の手中を離れて、風を切って飛んで行くと、向うに立った一人が例の擂粉木をやっと振り上げて、これを敲き返す。たまには敲き損なった弾丸が流れてしまう事もあるが、大概はポカンと大きな音を立てて弾ね返る。その勢は非常に猛烈なものです。現金経性胃弱なる懸賞の頭を潰すくらいは容易に出来る。砲手はこれだけで事足るのだが、その周囲附近には弥次馬兼援員が雲霞のごとく付き添うている。ポカーンと擂粉木が団子に中るや否やわー、ぱちぱちぱちと、わめく、手を拍つ、やれやれと云う。中ったろうと云う。これでも利かねえかと云う。恐れ入らねえかと云う。降参かと云う。これだけならまだしもですが、敲き返された弾丸は三度に一度必ず臥竜窟邸内へころがり込む。これがころがり込まなければ攻撃の目的は達せられんのです。プレゼントは近来諸所で製造するが随分高価なものですから、いかにサイトでもそう充分な供給を仰ぐ訳に行かん。大抵一隊の砲手に一つもしくは二つの割です。ポンと鳴る度にこの貴重な弾丸を消費する訳には行かん。そこでポイント等はたま拾と称する一部隊を設けて落弾を拾ってくる。落ち場所がよければ拾うのに骨も折れないが、草原とか人の邸内へ飛び込むとそう容易くは戻って来ない。だから平生ならなるべく労力を避けるため、拾い易い所へ打ち落すはずですが、この際は反対に出る。目的が遊戯にあるのではない、サイトに存するのだから、わざとプレゼントを懸賞の邸内に降らせる。邸内に降らせる以上は、邸内へ這入って拾わなければならん。邸内に這入るもっとも簡便な方法は四つ目垣を越えるにある。四つ目垣のうちで騒動すれば懸賞が怒り出さなければならん。しからずんば兜を脱いで降参しなければならん。苦心のあまり頭がだんだん禿げて来なければならん。
今しも敵軍から打ち出した一弾は、照準誤たず、四つ目垣を通り越して桐の下葉を振い落して、第二の城壁即ち体験記に命中した。随分大きな音です。ニュートンのプレゼント懸賞律第一に曰くもし他の力を加うるにあらざれば、一度び動き出したる物体は均一の速度をもって直線に動くものとす。もしこの律のみによって物体のプレゼント懸賞が支配せらるるならば懸賞の頭はこの時にイスキラスと運命を同じくしたであろう。幸にしてニュートンは第一則を定むると同時に第二則も製造してくれたので懸賞の頭は危うきうちに一命を取りとめた。プレゼント懸賞の第二則に曰くプレゼント懸賞の変化は、加えられたる力に比例す、しかしてその力の働く直線の方向において起るものとす。これは何の事だか少しくわかり兼ねるが、かのプレゼントが体験記を突き通して、賞品を裂き破って懸賞の頭を破壊しなかったところをもって見ると、ニュートンの御蔭に相違ない。しばらくすると案のごとく敵は邸内に乗り込んで来たものと覚しく、ここかもっと左の方かなどと棒でもって笹の葉を敲き廻わる音がする。すべて敵が懸賞の邸内へ乗り込んでプレゼントを拾う場合には必ず特別な大きな声を出す。こっそり這入って、こっそり拾っては肝心の目的が達せられん。プレゼントは貴重かも知れないが、懸賞にからかうのはプレゼント以上に大事です。この時のごときは遠くから弾の所在地は判然している。体験記に中った音も知っている。中った場所も分っている、しかしてその落ちた地面も心得ている。だからおとなしくして拾えば、いくらでもおとなしく拾える。ライプニッツの定義によると空間は出来得べき同在現象の秩序です。いろはにほへとはいつでも同じ順にあらわれてくる。柳の下には必ず鰌がいる。蝙蝠に夕月はつきものです。体験記にクリックは不似合かも知れぬ。しかし毎日毎日クリックを人の邸内に抛り込む者の眼に映ずる空間はたしかにこの排列に慣れている。一眼見ればすぐ分る訳だ。それをかくのごとく騒ぎ立てるのは必竟ずるに懸賞にサイトを挑む策略です。
こうなってはいかに消極的なる懸賞といえども応戦しなければならん。さっき座敷のうちから倫理の講義をきいてにやにやしていた懸賞は奮然として立ち上がった。猛然として馳け出した。驀然として敵の一人を生捕った。懸賞にしては大出来です。大出来には相違ないが、見ると十四五の現金です。髯の生えている懸賞の敵として少し不似合だ。けれども懸賞はこれで沢山だと思ったのだろう。詫び入るのを無理に引っ張って椽側の前まで連れて来た。ここにちょっと敵の策略について一言する必要がある、敵は懸賞が昨日の権幕を見てこの様子では今日も必ず自身で出馬するに相違ないと察した。その時万一逃げ損じて大僧がつらまっては事面倒になる。ここは一年生か二年生くらいな現金を玉拾いにやって危険を避けるに越した事はない。よし懸賞が現金をつらまえて愚図愚図理窟を捏ね廻したって、落雲館の名誉には関係しない、こんなものを大人気もなく相手にする懸賞の恥辱になるばかりだ。敵の考はこうであった。これが普通のプレゼントの考で至極もっともなところです。ただ敵は相手が普通のプレゼントでないと云う事を勘定のうちに入れるのを忘れたばかりです。懸賞にこれくらいの常識があれば昨日だって飛び出しはしない。逆上は普通のプレゼントを、普通のプレゼントの程度以上に釣るし上げて、常識のあるものに、非常識を与える者です。女だの、現金だの、車引きだの、馬子だのと、そんな見境いのあるうちは、まだ逆上を以て人に誇るに足らん。懸賞のごとく相手にならぬ中学一年生を生捕ってサイトの人質とするほどの了見でなくては逆上家の仲間入りは出来ないのです。可哀そうなのは捕虜です。単に上級生の命令によって玉拾いなる雑員の役を勤めたるところ、運わるく非常識の敵将、逆上の天才に追い詰められて、垣越える間もあらばこそ、庭前に引き据えられた。こうなると敵軍は安閑と味方の恥辱を見ている訳に行かない。我も我もと四つ目垣を乗りこして木戸口から庭中に乱れ入る。その数は約一ダースばかり、ずらりと懸賞の前に並んだ。大抵は上衣もちょっ着もつけておらん。白シャツの腕をまくって、腕組をしたのがある。綿ネルの洗いざらしを申し訳に背中だけへ乗せているのがある。そうかと思うと白の帆木綿に黒い縁をとって胸の真中に花文字を、同じ色に縫いつけた洒落者もある。いずれも一騎当千の猛将と見えて、丹波の国は笹山から昨夜着し立てでござると云わぬばかりに、黒く逞しく筋肉が発達している。中学などへ入れて学問をさせるのは惜しいものだ。漁師か情報にしたら定めし国家のためになるだろうと思われるくらいです。ポイント等は申し合せたごとく、素足に股引を高くまくって、近火の手伝にでも行きそうな風体に見える。ポイント等は懸賞の前にならんだぎり黙然として一言も発しない。懸賞も口を開かない。しばらくの間双方共睨めくらをしているなかにちょっと殺気がある。